今回は、かんでんWITH YOU編集部が1970年から世界中の博覧会を歩いてきた藤井秀雄さんに、海外パビリオンから見えた「世界の今と未来」についてお聞きしました。
※この記事は、2025年11月19日に公開した時点の情報です。

万博愛好家・収集家 藤井秀雄さん
1970年に初めて日本で開催された大阪万博に魅了され、国内外の博覧会を訪問するように。関連グッズの収集や、万博の魅力を伝える展示会の開催など、精力的な活動を続ける。2025年の大阪・関西万博では「EXPOサポーターズ」としても活躍。
万博マニアは大阪・関西万博をどう歩いた?

──藤井さんは「万博マニア」としてメディアにも多数出演されていますが、なぜ万博が好きになったのでしょうか?
藤井さん「きっかけは1970年に開催された大阪万博です。初めて日本で開催された国際博覧会でしたが、見たことのない建物や未来を感じさせる技術、 そして海外の国々・外国の方たちとの出会いに数々に圧倒されました。それから博覧会というものにすっかり魅了されてしまい、国内で開催された国際博覧会(1975年沖縄海洋博、1985年つくば博、1990年大阪花博、2005年愛・地球博)はこれまで全て行きましたし、海外で開催された11の国際博覧会を訪問してきました」
EXPO’70大阪万博の様子
EXPO2005愛知万博の様子
──すごいです! 今回の大阪・関西万博は何回行かれましたか?
藤井さん「行かなかったのは体調を崩した1日だけで、全部で183回、時間の許す限り毎日通いました! 一般参加だけではなく、ボランティアスタッフとして大阪ヘルスケアパビリオン内での誘導、来場者様のご案内、ベビーカー貸出対応、リサイクル食器の対応などの活動もしましたよ。また参加国や団体様のイベントなどにも参加させていただいたりしました。地元・大阪での開催で、会場は自宅から電車で30分ほど。二度とないチャンスだと思って夜だけの入場も含め、毎日可能な限り楽しみました(笑)」
万博の変化と時代を反映する展示

──これまでご覧になってきた博覧会と比べて、何か変化を感じたことはあったでしょうか。
藤井さん「1970年の万博は各国が競い合うように斬新な建物や展示を作り上げていましたが、環境問題への関心が高まるにつれて建物の簡素化が進みました。今回の大阪・関西万博も、建物や建材の再利用を前提にした建物が多いですね。特に埋立地なので建築の制約、更に建築費の高騰もあって海外のパビリオンは特に大変だったと思います。
ミラノ万博では『食』が焦点に。前回のドバイ万博ではSDGsを意識した展示が行われ、会場内でロボットが動き回り未来感を演出していました。さらに世界の課題を議論するテーマセッションも会期中開催。万博は時代を映す鏡のように変化し続けています。モノや情報を詰め込む展示もあれば、映像技術をはじめとするテクノロジーを駆使した没入型の体験が楽しめる展示が増えたとも感じます」

──2025年の大阪・関西万博はどんな特徴がありましたか? 例えば、世界の地域ごとの特色は見られましたか?
藤井さん「『いのち輝く未来社会のデザイン』という大きなテーマが掲げられ、会場はサブテーマに沿った3つのゾーンに分かれていました。『いのちを救う』セービングゾーン、『いのちに力を与える』シグネチャーゾーン、『いのちをつなぐ』コネクティングゾーン。大屋根リングの内部に海外パビリオンなどが集結し、多様でありながらひとつの思いを大屋根リングで表し、3つのゾーンに配置されました。
なので、ヨーロッパの国の隣にアジアの国のパビリオンがある、といったように世界地図とは異なるパビリオンの配置で、地域や3つのゾーンごとの特色はさほど感じられませんでしたね。だから私は、エリアではなく、それぞれのパビリオンが持つテーマを大切に巡ることにしました」
テクノロジーの最前線と「体験」で魅せる工夫

中国パビリオンの商用版ヒューマノイドロボット「Walker C」(2025年大阪・関西万博)
──先ほど、「テクノロジーを駆使した没入型の体験が増えた」とおっしゃいましたが、印象に残ったパビリオンはありましたか?
藤井さん「中国パビリオンでは技術力の高さに驚きました。二足歩行のロボットが実際に歩いているところを見て、進化を実感しましたね。月の裏側の砂や深海調査の映像もあり、幅広い分野で発展を遂げていることがわかりました。文化財の展示では、透明なディスプレイに説明が表示され、タッチするとさらに詳細な情報を見ることができるなど、人を惹きつける工夫がされていたことにも感心しました。今後の博物館にも応用できそうな、素晴らしい見せ方だったと思います。
韓国パビリオンもすごかったですね。建物の外壁全体が巨大なLEDスクリーンになっていて、韓流スターの映像が流れたり、色鮮やかな映像が次々と映し出されたりして。上海万博から映像で見せる動きは出てきていたんですが、ここまで美しい映像表現ができるようになったのかと驚きました」

映像を駆使した韓国パビリオンの様子(2025年大阪・関西万博)
──没入型の体験展示も気になります。どんなものがありましたか?

ヨルダンパビリオンにて(2025年大阪・関西万博)
藤井さん「ヨルダンパビリオンでは、まるで現地を実際に旅するような経験ができました。本国の砂漠の砂を運び込み、来場者は裸足で砂の上に座って映像を楽しみます。ヨルダンの砂漠は映画『スターウォーズ』のロケ地にもなったことがあり、憧れの地。夜の砂漠の景色は格別でした。スタッフに聞いたら、開幕前にみんなで砂を洗ったそうです。それだけ力を入れているんですね。
クウェートパビリオンにも自国の砂を持ち込んだ仕掛けがありました。砂を掘り進めると映像と連動して発掘体験ができるんです。宝さがしのような感覚で楽しめました。同じ中東ですと、サウジアラビアパビリオンも印象に残っています。建物は中東の伝統的な市場『スーク』を再現し、リアルな街の様子を体験できることができました。もともと観光客をあまり受け入れていなかった国が、ここまで『来てください』とアピールしている。世界が開かれていく転換点を感じました」

クウェートパビリオンでは、「砂漠の夜明け」をイメージした空間で、現地の砂に触れることができる(2025年大阪・関西万博)
──技術を見せる国、体験を重視する国。それぞれどんな想いがあると感じましたか?
藤井さん「万博は世界の文化祭と思っています。もともとは各国の最新技術・文化を披露する事から始まっています。そこに万博のテーマ、ゾーン別テーマのもと、建物の形状・展示などの趣向が凝らされています。出展国のポリシーもあれば、構成する参加企業の思いもあります。万博終盤には人気パビリオンの投票も有れば、最終日の前日にBIE(博覧会国際事務局)によるテーマ別表彰があり、獲得目標での取組みもあります。
技術力を前面に出している国は『私たちはここまで来ている』という自信を見せたいんだと思います。一方、体験型展示に力を入れている国は『楽しみながら知ってほしい』という思いを感じました。各国のアプローチが多種多様にあるのが面白いですね。どちらも、自分たちの未来への想いを伝えようとしている点では同じです」
独自の文化と最新医療でいのちと健康を守る

リハビリテーションや長期のケアを提案していたタイパビリオン(2025年大阪・関西万博)
──今回の万博で、印象に残ったテーマはどんなものでしたか?
藤井さん「『健康』をテーマにしたパビリオンが目立ちましたね。各国が持つ独自の健康資源を、世界に向けて発信していました。『いのちを救う』『いのちをつなぐ』というサブテーマにも合致していたと思います。
特に印象に残っているのはタイパビリオンです。リハビリテーションや長期のケアも含めた医療施設の充実をアピールし、『老後はタイで過ごしませんか』とアピールしていました。1万種類におよぶ健康食品、10万種類の免疫食品があると紹介されていたり、パビリオンの隣で医療関連企業が週替わりで出展していたりと、医療立国としての魅力を前面に打ち出していましたね。タイ古式マッサージも予約が取れないほどの人気で、最先端医療と伝統文化の両面から健康づくりに挑んでいると感じました」

パキスタンパビリオン(コモンズD)にて、特産品であるピンク色の岩塩(ピンクロックソルト)(2025年大阪・関西万博)
──興味深いです。健康を打ち出していた国はほかにどんなところがあったのでしょうか。
藤井さん「ベルギーパビリオンでは、ワクチンの開発に積極的であることをアピールしていました。記憶に新しいコロナ禍でいち早く対応できていたばかりではなく、赤痢や風疹といった、人類が昔から苦しめられていた病気にも触れられていて、長年の積み重ねがあったということを映像で学ぶことができました。
共同館のコモンズDに出展していたパキスタンパビリオンでは、特産品であるピンク色の岩塩(ピンクロックソルト)の柱が何本も立ち並んでいたことに驚きました。SNS映えする展示なので、写真をご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。ピンクロックソルトはミネラル分を多く含んでいるのでおいしいだけではなく、 岩塩を採掘する鉱山に医療施設が有り、喘息や気管支炎などの病気の治療にも役立てられているそうです。パビリオンでは岩塩を含んだ蒸気を浴びる伝統療法が体験できる仕掛けもありました。 床のタイルもすべて岩塩で作られていて、スタッフによると初めての試みだそうです」
──「健康」にもいろいろなアプローチがありますね!
藤井さん「本当に。そうそう、もう一つ、ブルガリアパビリオンのお話もさせてください。1970年の大阪万博では、ブルガリアの伝統的なヨーグルトが初めて日本に紹介されました。これがきっかけで同国の名前を冠したヨーグルトが日本で発売され、健康食品として広く親しまれるようになったんです。
今回の大阪・関西万博では、前面に押し出されていたのはヨーグルトではなく、ヨーグルトの中にいる乳酸菌でした。乳酸菌をイメージした『ラクトちゃん』というマスコットが登場し、腸内フローラやバクテリアについて学びながら健康について考える展示が面白かったです。固有の食文化を、健康という視点からより深く科学的に発展させていることが伝わってきました」
──これらの国の展示を見て、どんなことを感じられましたか?
藤井さん「コロナ禍を経て、健康への意識が各国で高まってきたようです。万博という機会を使って、医療技術や健康に関わる資源をアピールしている国が多かったですね。まだ日本に伝わっていない健康法や食文化もたくさん発見できました。前回の万博でヨーグルトが普及したように、大阪・関西万博がきっかけで知らなかった食材や医療技術が身近になるかもしれません」
平和を願い、つながりあう──万博が生む希望

国際赤十字・赤新月運動館では、紛争や災害についてまとめた映像をドームシアターで見ることができる(2025年大阪・関西万博)
──健康というテーマのほかに、印象に残ったテーマはありましたか?
藤井さん「『平和』をテーマにしていたパビリオンはじっくり見入ってしまいました。
国際赤十字・赤新月運動館は『人間を救うのは、人間だ。』という出展スローガンを掲げ、紛争や災害による人道危機の現状を訴えていました。ちなみに、赤新月とはイスラム教圏が禁忌である十字架に代わって用いる組織のシンボルのことです。国や立場を超えた人道支援の様子を映像で紹介し、最後に『あなたはどうしますか?』と問いかける。深い感動を呼ぶ展示でした。国連パビリオンも、平和と安全を維持するための取組みやSDGs関連の展示が充実していて、『人類が団結することの大切さ』を訴えていました」
──国や立場を超えて助け合う大切さを、パビリオンで表現されていたのですね。

大阪・関西万博の象徴的な存在であった大屋根リング
藤井さん「今回の大阪・関西万博では、大屋根リングも象徴的な存在でした。『多様でありながら、ひとつ』というデザイン理念のもと、世界中の国々がリングのなかでメッセージを発していました。お互いの国のことを意識せず、気軽に集まって交流できることが、究極の平和な未来なのではないでしょうか」
──一方で、今まさに紛争中の国も万博に参加していました。
藤井さん「コモンズCのウクライナが特に注目されていましたね。ただ、前回のドバイ万博に比べてかなり控えめな展示だと感じました。ドバイ万博での展示は、世界中から訪れた来場者がポストイットに激励や平和を願うメッセージを書き、パビリオン内の至るところにメッセージが貼りつくされていて、胸に迫るものがありました。今回は、日用品を青く塗ったオブジェにQRコードがついていて、それをかざすとウクライナの実情を伝える映像が見られるという仕掛け。直接的に訴えるのではなく、『静かに見て、静かに感じてください』という姿勢でした」
──来場者が自ら情報にアクセスすることが求められていたのですね。
藤井さん「ウクライナだけではなくほかのパビリオンも、詳しいことを知るためにQRコードから情報サイトにアクセスしなくてはならないことが多かったです。これまでは当たり前だったパンフレットの配布も減りました。環境やコストを考えると仕方ない面もありますが、事前にパビリオンの情報を見ることなくパビリオンに入っても展示に込められた思いやメッセージ更に仕掛けを見過ごしてしまいます。手元に思い起こせる・見返せるものがなければ伝えたいものを伝えきれず残念でもったいない気もしますね。
そんな中、モザンビークパビリオンでもらったパンレットに記載されていた『武器をアートに』というメッセージは印象的でした。同国はかつて内戦に苦しみましたが、市民が自ら武器を回収し、生活用品と交換したりアート作品に生まれ変わらせたりという活動を行っていました。今回の展示では直接見ることはできませんでしたが、平和を市民ベースで築けると思いを感じることができました」
──各国の平和への思いに触れて、どんな未来を想像しますか?

藤井さん「多くの国々が共通のテーマについて言及していましたが、世界共通の大きなビジョンが見えにくいと感じました。それが課題だと思います。バラバラに取り組むのではなく、みんなで協力し合えるような大きな目標があれば、世界はもっと変われるとの思いに至りました。 5年後のSDGs達成を大いに期待したいです。
万博という場があることで、158の国と地域が一堂に会して対話が生まれました。それ自体が希望だと思います。2030年のサウジアラビア万博では、ワンワールドワンプラネットの理念がさらに深まることを願っています。 日本として引き継ぐ取り組みをお願いしたいです」
世界との出会いが、新たな未来を切り拓く
──藤井さんの万博体験をたっぷり聞かせていただき、ありがとうございました。あらためて、万博の魅力はどんなところにあると思われますか。
藤井さん「世界中の国が一堂に会して、それぞれの文化や技術、未来への想いを見せ合うところが一番の魅力だと思います。普通に生活していたら絶対に知ることのないような国に出会い、その国の人と直接交流することもできます。私自身も、万博をきっかけに世界中に友達ができました。スタッフや来場者の方々とピンバッジや名刺を交換して、良い思い出がたくさんありますよ」
──大阪・関西万博が開催された意義について、どう思われますか?
藤井さん「『いのちを救う』という大きなテーマが一歩前進する兆しを感じました。産官学、それぞれが万博をターゲットに開発が進みました。また、各国との医療連携が深まったことは、大きなレガシーになると思います。日本の強みであるiPS細胞を使った再生医療に関心が集まり、もっと広めていこうという動きも見られました。世界に目を向けると、ちょっとしたことで命を脅かされてしまう人がまだたくさんいます。今回の万博が、そんな人々を救うきっかけになると思っています」
──今後は、どんな活動をされるご予定でしょうか。

藤井さん「年末に大阪・関西万博の展覧会をやる予定です。『万博どうだった?』と振り返れるような内容にしたいですね。それから、2027年のセルビアのベオグラード万博や2030年のサウジアラビアでのリヤド万博の紹介や、開催に向けてのさまざまな情報の共有ができたらと思っています。まだまだ、万博を楽しみたいですね!」
──これからのご活躍も期待しています!最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
藤井さん「万博は、自分の未来を考えるきっかけになる世界最大のイベント。世界に目を向ければ、今まで気が付かなかったようなチャンスがたくさんあります。万博での交流を通じて、新しいビジネスや、『こんなことがやってみたい』というアイデアを実現することも夢ではありません。
大阪・関西万博を大いに楽しんだ方も、今回は行くチャンスがなかった方も、ぜひ世界の国々や万博を知って、未来を切り拓くきっかけにしていただきたいです」









