果物の濃厚な甘味がおいしいミックスジュース。実は大阪商人の<始末の精神>から生まれたことをご存知でしょうか?はじまりは、1948年創業の老舗喫茶店「千成屋珈琲」。歴史ある店として知っている方も多い人気店ですが、近年後継者不在で閉店しかけていたところ、お店の大ファンが新たな店長として手をあげ立て直したのだとか。現店主・白附克仁さんにお話を聴きながら、発祥店のミックスジュースの味わいを特別レポートします。
ミックスジュースはどうして生まれたの?
淡いビタミンカラーのビジュアルとフルーツの優しい甘みが魅力で、子どもから大人まで広く愛されるミックスジュース。今でこそ、ペットボトル飲料としても販売されていますが、昔は喫茶店ならではのメニューでした。
その発祥となった喫茶店は、大阪屈指の観光地・新世界の「ジャンジャン横丁」にある「千成屋珈琲」。
1948年(昭和23年)創業の「千成屋珈琲」。店名の「千成」は、豊臣秀吉の馬印である「千成瓢箪」にちなんだもので、大阪ではさまざまな商売の屋号に使われています。
初代店主の恒川一郎さんは創業当初、果物店を営んでいました。当時は高級品だったバナナが完熟して表面が黒ずんでしまい「中身は綺麗なのにこれでは売り物にならない…。どうしたものか」と考え、ジュースにすることを思いついたのが始まりだそう。そこにリンゴや牛乳なども加えてミキサーで回し、「ミックスジュース」として店頭で販売し始めたところ大ヒット!
ここから大阪中の喫茶店にミックスジュースが広がっていったのです。
発祥の店「千成屋珈琲」のストーリー
「ミックスジュース」の大ヒットを受けて、1960年には果物店から喫茶店へと業態チェンジ。世間が喫茶店ブームだったこともあり、地元客で賑わうお店になります。
「千成屋珈琲」の二代目は恒川さんの長男が、三代目はその奥さん・豊子さんが踏襲。
復元された往時のポスターは、恒川さんの娘さんがモデルだそう。
若者向けの飲食店が増えるなど、目まぐるしく変化していくジャンジャン横丁の古参店となった「千成屋珈琲」でしたが、2016年、豊子さんが体調を崩したことを理由に惜しまれつつ閉店してしまいます。
そのとき閉店を知らせる店頭の張り紙を見て「この店をなくしたくない!」と立ち上がったのが、現在の店主・白附克仁(しらつき かつひと)さんでした。
白附さんは阿倍野区の出身。西成の高校に勤めていた父親に連れられ、子どもの頃に「千成屋珈琲」のミックスジュースデビューを果たしたといいます。
「昭和50年頃の話ですね。当時のジャンジャン横丁は歓楽街で麻雀屋や立ち飲み屋が多く、ドキドキしながら歩いたものです。ミックスジュースを注文すると、昔のミキサーだから音が凄くて、氷を砕く大きな音がガガガガッと店中に響いてお客さんが話を中断するくらいでした(笑)」。
大人になり、テレビ業界や広告業界など多方面で活躍していた白附さんは、変わらず新世界が好きで、頻繁にではないものの「千成屋珈琲」にも通い続けて、自らが手がけるテレビ番組で取材したこともあったのだそう。
「『千成屋珈琲』が閉店すると知って、近所にある老舗タバコ屋のご主人にご紹介いただき、豊子さんの息子さんにお会いしたんです。息子さんはもうすでに会社勤めをされていて、『お店を継いだらどうですか?』とお聞きしたら『喫茶店では食えませんやん』と否定されてしまって…」
白附さんは、「それならば自分が継ごう!」と動き出します。
ただお店を継続するだけではなく、「大好きな新世界に恩返ししたい」、「串カツ以外の名物を残したい」という気持ちが原動力でした。
しかし、再開のアイディアはあれども飲食店経営の経験やノウハウはなく困っていた白附さん。そこへ広報の仕事を通じて知り合った、飲食店経営会社の社長さんが運営を手伝ってくれるとの助け舟が!
「社長には、『(運営は補助するけど)君が責任もって継ぐんやで』と言われました」
その後、息子さんも「いいですよ!」と快諾してくれ、再開が決定。
かくして、2017年5月に「千成屋珈琲」は営業再開を果たします。
再開と同時に、恒川家が所有し以前は貸店舗としていた隣の店舗を「センナリヤフルーツパーラー」として新たに営業スタート。こちらはテイクアウトをメインにした気軽な営業形態で、ジャンジャン横丁を散策するお客さんに人気です。
変わらぬ味と進化した味。新旧ミックスジュース
話は少し戻りますが、白附さんが店の再開に向けてもっとも注力したのがミックスジュースの味の再現でした。
「豊子さんにお願いして当時の手書きレシピを見せていただいたんですけど、『缶詰のミカンと黄桃、リンゴ、バナナ』というようにほぼ素材の名前しか書かれていなくて(笑)。でも、実際に作ってみてそれもそうやと納得しました。果物は季節や固体によって熟れ具合も味も違うし、分量を書いたところで同じ味にはならないんです」
豊子さんレシピに残された素材の組み合わせと、リンゴの皮を全部むかずに適宜残すこと、氷を一緒に回すことという2つのポイントは変えずに、新たな「千成屋珈琲」のミックスジュースを作るべく、白附さんは奮闘します。
いろんなお店のミックスジュースを飲み歩き、「センナリヤフルーツパーラー」のパティシエたちと試作を重ねて、ついに「これだ!」と思う1杯が完成しました。
「昔のレシピにはシロップが入っていましたが、おそらく今の人の味覚には合わないだろうということで、甘みを出すのは別の秘密素材にチェンジしました。あと、黄桃に加えて白桃の缶詰も入れることにしたんです」
テレビマンとしてグルメ番組も手がけてきた白附さんは、多くの飲食店を知るなかで「 “残す”ことだけに固執するとそれは執着になってしまって、店は古くなる」と体感してきたといいます。その経験が今回の再開劇に大きく活かされたのではないでしょうか。
営業再開の前に会心の1杯を豊子さんの息子さんに試飲してもらったところ、「うん、おいしいですよ! こんな味やったと思う」とのお言葉が返ってきたそう。このひと言で苦労が報われますね。
さらに、再開オープンの日にはかつての常連客に紛れて三代目の豊子さんも訪問してくれていたのだそう。「僕は気づいていなかったのですが、例のタバコ屋の奥さんが教えてくださってご挨拶できました。『こんなにきれいに残してくれてありがとうございます』とおっしゃってくださったんですよ」
いろんな人の思いが詰まった、「ミックスジュース」(750円)。
いざ、実際に味わってみます。
ストローが真っ直ぐに立つほどしっかりとした濃度があるのがわかります。
グラスを持ち上げると、ほのかにフルーツの甘い香りが感じられました。ジュースよりはぽってりとしつつスムージーよりは軽やか。
リンゴやバナナ、ミカン、黄桃、白桃。どのフルーツの味も突出しすぎず、とてもいいバランスです。リンゴの皮らしき爽やかな風味も少し感じました。
細かく砕かれた氷が全体に入っているので、どのタイミングでも冷たいまま味わえるのがうれしいですね。
取材日(7月末)は真夏日でお店に伺うまでに大汗をかいていたのですが、それがスーッと引いていくのがわかる、清涼感いっぱいのジュースでした。
特別に、作っているところも見せていただきました。
素材をミキサーに入れ(昔と違ってそこまで大きな音は出ないので、お話を中断しなくても大丈夫!)、ブロック氷を加えて回すのは、果物店時代から変わらないスタイルです。
ミックスジュースを注ぐグラスは、お店のレトロな雰囲気に合わせて新たに購入したもの。
「昔はごく普通のまっすぐなグラスに入っていて、量もこの半分くらいでしたよ」と白附さん。
また、現在の「千成屋珈琲」には通常のミックスジュースに加えて、新しいアレンジメニューも用意されています。
ミックスジュースにトッピングを乗せた「ロイヤルミックスジュース」(950円)と「ミックスジュースフロート」(850円)は、新生・千成屋珈琲だけのもの。
ミックスジュースに続いて、「ロイヤルミックスジュース」も味わってみました。
バナナ、リンゴ、ミカン、キウイ、グレープフルーツ、そして赤いさくらんぼとアイスクリームがパフェのようにトッピングされてとってもキュート!
下のミックスジュースは通常のメニューと同じ味。フルーツたっぷりのミックスジュースに「追いフルーツ」をするようなものですから、とっても贅沢です。
フルーツを食べてからジュースをひと口、と交互に味わっていると、食べるフルーツによってその後に飲むジュースに酸味や甘みがプラスされて「1杯で2倍おいしい」ことになりました。これは幸せ。
さらに、白附さんが「これもぜひ!」と薦めてくれたのは「プリンアラモード」(980円)。
「これも僕の代になってから始めたメニューです。ミックスジュースが流行ったあと、さらに時代がだんだん贅沢になった頃に喫茶店のごちそうメニューの筆頭だったのがプリンアラモードなんですよ」
おお、なんて完璧なルックス!
たっぷりのフルーツに隠れてしまっていますが、中央にはクラシカルな硬めのプリンが鎮座しています。キャラメリゼされたバナナがリッチさをプラス。ボリュームたっぷりで、デザートの女王様と呼びたいくらいの内容です。
昔の喫茶店を知る世代には懐かしく、若いお客さんには新鮮なメニューですね。
どちらにしても、食べて楽しく、おいしいのには違いありません。
懐かしくて新しい。今こそミックスジュースを味わいたい
「千成屋珈琲」は再開から6年目を迎え、コロナ禍中では休業をやむなくされた時期もありましたが、現在は見事に復活。平日、週末を問わずに満席が続くほどの賑わいをみせています。
再開を心待ちにしていたお客さんの中には「子どもの頃に父に飲ませてもらったミックスジュースの味が忘れられなくて、自分の子にも飲ませたくて、東京から来ました」なんて方もいらしたのだそう。
今では大阪のみならず全国でも飲まれていて、ごく身近なミックスジュースですが、いろんな人たちの物語を秘めた発祥の店の味は、まさに格別でした。
スポット | 千成屋珈琲 |
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住所 | 大阪府大阪市浪速区恵美須東3-4-15 |
営業時間 | 月〜金:11:00〜19:00 土・日・祝 9:00〜19:00 |
定休⽇ | 無休 |
Web | https://sennariya-coffee.jp/ |
よしおちゃん
ミックスジュース発祥店の長年愛されるミックスジュースは、ミックスジュース好きでもそうでない人も、ぜひ飲んでみてもらいたいものです!!