そう聞いて、不思議に思う人は少なくないはず。
「とやま ダム熟成酒」は、関西電力が富山県酒造組合・国土交通省・富山県・北陸電力とともに立ち上げたプロジェクト。2020年から、富山県内5つのダム施設で、地元の酒造15社の日本酒を熟成させています。
一体なぜ、ダムに日本酒を? 関西電力北陸支社の鈴木秀徳に、詳しく聞いてみましょう。
ダムは天然の日本酒貯蔵庫だった!
― さっそくですが、どうしてダムに日本酒を?
鈴木「日本酒は酒造会社の貯蔵庫で熟成されることもあれば、洞窟や鍾乳洞、海中など自然環境を利用して熟成させることもあります。重要な共通点は、熟成の大敵である温度変化と光(紫外線)を遮断することです。そこで、“ダム”なんです。例えば、黒部ダムの施設内は年間を通して10℃程度に保たれています。日本酒にとって、ダムはとても寝心地が良く、美味しく熟成できる環境なんですよ」
― 知らなかった……! ダムにも日本酒にも詳しくないと、気づかない接点ですね。
鈴木「富山には、関西電力以外にも、国土交通省や富山県、北陸電力が管理するダムがあります。そして、県内各地に酒造もあります。この2つがそろっているからこそ『富山のダムで熟成させた、富山の地酒』を創るという発想につながりました。その取組みが、『とやま ダム熟成酒』プロジェクトです」
“水”で地域を盛り上げたい!「とやま ダム熟成酒」プロジェクトのはじまり
― そもそも、プロジェクトをはじめたきっかけってなんでしょう?
鈴木「関西電力では、地元の皆さまと一緒になって地域を盛り上げたいという思いで、各地で地域共生活動を行っています。富山では何ができるだろうかと考えたときに、まっさきに思いついたのが“水”でした」
― 水、ですか?
鈴木「はい。富山には黒部川、常願寺川、神通川、庄川と豊富な水系があり、水がすごく清らかで美味しいことでも有名です。関西電力では、そのような水系にダムをつくり、水力発電事業を行っていますから、“水”という地域との共通点をもとにプロジェクトを詰めていきました。北陸支社内で数度にわたる検討会を行い、そこで出てきたアイデアが“日本酒”だったんです」
― たしかに、日本酒もダムも“水ありき”ですね。もしかして、お酒好きの人が発案者?
鈴木「決して検討会メンバー内にのんべえがいたわけではありませんよ(笑)。企画候補の中には実現が難しいアイデアもありました。それも含めて、いくつもの候補の中から検討を重ねて選ばれたのが、ダム施設内に日本酒を蔵置して熟成する案です。すでに長野県の三浦ダムで実施していることもヒントになり、これなら実現できると動きはじめました」
― それで、富山県酒造組合にお声かけを?
鈴木「ええ。私たちの方から、富山県酒造組合の組合会合にお邪魔して提案をしましたら、『おもしろい。ぜひ地域全体でやりましょう』とその場で多くの酒造会社から快諾してもらえまして」
― 交渉が難航するかと思いきや、とっても協力的だったんですね。しかも、地域全体に広がるまで!
鈴木「富山県酒造組合ではこれまでに、各酒造会社が吟味したお酒をブレンドして1本のお酒に仕上げた『富山ブレンド』を発売するなど、一致団結した“ワンチーム”としての活動をされてきました。だからこそ、今回のプロジェクトも1社2社の参加ではなく、ワンチームと言えるほどの大規模で取り組むことができたのだと思います」
時間をかけて探しあてた、最適な熟成場所
― ダム施設内で貯蔵熟成って、非日常で興味をそそりますね!
鈴木「それが、ダム施設内のどこに貯蔵するのが最適か、熟成場所を探すことに最も苦労したんですよね……。条件の1つ目は、ダム施設内でも温度変化が少なく熟成に適した『環境』であること。2つ目は、急な階段がない、エレベーターが設置されているなど『運搬』のしやすい場所であること。そして3つ目は、ダムの『保安』の妨げにならないこと。この3点をすべてクリアする場所がなかなか見つからなかったんです。何日もかけてダム内を歩き回って室温を測り続け、より最適な熟成場所を探しました」
― ダムの内部ってそんなに広いんですか?
鈴木「ダムというと、貯水池の水を堰き止めている堤防部分や、勢いよく放水している景観をイメージされますが、実は発電所をつなぐトンネルや、施設内の保守点検用通路(監査廊や横坑)も含めてダムなんです。これらは一般公開をあまりしていないので、イメージしづらいですよね」
― 思ったよりも複雑な構造なんですね。どんなところで熟成されるのか気になります。
鈴木「ダムによって熟成場所は異なるのですが、照明もなく、太陽光も入らず、年間を通して温度がひんやりと一定に保たれている……まさに天然の貯蔵庫といった環境です。空調による温度管理にエネルギーを必要としないので、エコでSDGsの観点でもメリットがあるんですよ」
ここに日本酒が眠っているんですね。秘密基地みたいでドキドキします。
― 2022年9月に、今年度分の日本酒がダムに搬入されたと聞きました。
鈴木「はい。2020年度は1,800本、2021年度は3,720本を搬入したのですが、今年は、黒部ダムには酒造会社14社の16,008本を搬入しました」
― 昨年比5倍!? どうしてそんなに増えたんですか?
鈴木「実は、2024年に黒部峡谷鉄道欅平駅と黒部ダムを結ぶ新観光ルート『黒部宇奈月キャニオンルート』が一般開放されるのを受け、記念商品として販売される予定があるからなんです」
― なるほど! 新しい観光地の記念商品となる日本酒の熟成が、今年度からはじまったんですね。
鈴木「過去の2回から桁違いに本数が増えたことで、搬入に要する人数も時間も今までとは比較にならないほど大変な作業になりました。日本酒を蔵置して熟成しているダムは全国各地にありますが、県内ほとんどの酒造会社が協力し、県単位でこれだけの種類と本数を複数のダムへ“蔵入れ”して熟成させるのは、富山県が初めての試みだと思います」
「とやま ダム熟成酒」気になる味わいは?
― ダム内の眠りから目覚めた熟成酒、どんな味わいなんでしょう。ワクワクしますね。
鈴木「日本酒には、春にしぼったお酒を加熱処理せずに酒蔵で寝かせて、秋に出荷する『ひやおろし』という銘柄があります。通常は酒造会社の貯蔵庫で約半年ほど熟成されて、やわらかな飲み口になった9月頃に出荷されるのですが、この『とやま ダム熟成酒』は、ダム施設内でさらに1年間追加熟成させます」
― てっきり日本酒は鮮度が大事だと思っていました……。
鈴木「合計1年半寝かせた日本酒は、角がぐっと取れて、味や香りがまろやかに変化し、日本酒ビギナーも飲みやすいやさしい味わいになっていますよ」
― 話を聞いていたら、ぜひ飲んでみたくなりました! どこで買えるんですか?
鈴木「基本的には富山県内の販売店と聞いています。ただ、昨年は飲み比べができる15本セットで販売したところ予約で完売となったようです。今年度に搬出した分も予約受付は終了しているそうで……現段階ではかなり貴重な日本酒になっているようです」
どうしても飲んでみたい! と頼みこんで、特別に昨年販売されたダム熟成酒を試飲させてもらいました。
聞いていたとおり、本当にまろやか! やわらかい旨味と甘さで飲みやすいですね。ほかの銘柄も飲んでみたいな……次のチャンスは逃さずゲットします!
まとめ
富山の豊かな水に着想を得て始まった「とやま ダム熟成酒」。
拡大を続けるプロジェクトに大きな期待をしていると鈴木は語ります。
鈴木「ダム熟成酒が新たな地域観光の一役を担い、富山の地酒の素晴らしさを国内外に発信し、地域の活性化につなげることは『地域を盛り上げたい』を目標に掲げた本プロジェクトの使命そのものですからね」
ちなみに、「とやま ダム熟成酒」に続く地域共生の取組みとして、宇奈月温泉で唯一トロッコ電車が眺められる宿に鉄道ファン向けの部屋をプロデュースする「ホテル黒部 電車部屋」プロジェクトも実現したそう。
新しい視点で地元資源を活かし、地域を盛り上げるチャレンジはこれからも続きます。
みなぱん
実はダムの中が「天然の冷蔵庫」だったことにビックリ!来年、今年搬入分の味がどう変化するのかワクワクします。次こそは色々な銘柄をゲットして、飲み比べしたいです!