しかし、大規模な水力発電の建設はとても難しいのです。険しい山間部に巨大な設備を建設するのは通常の工事とは比べものにならない危険と困難さがあります。加えて、現地で暮らす人々の理解や、ダム建設に伴い移転が必要となった人々の新しい生活の支援のため、住居だけでなく学校や病院などのインフラ整備・水田や畑地など、村そのものの整備も不可欠です。
そんな水力発電の普及に向けて、未来への希望を感じられる出来事がありました。2019年9月、東南アジアのラオスで大型水力発電所「ナムニアップ1水力発電所」が商業運転を開始したのです。
なぜ、遠く離れた国の水力発電が私たちの暮らしの希望となるのでしょう。その開発の過程を通してご紹介します。
ももぱん
国境を越え、幾多の困難に立ち向かっていく物語は胸が熱くなります!
地球規模で考えたい、電力のこと。
新たな舞台は水資源が豊富な「ラオス」へ
2019年9月、ラオスとタイとの国境を流れるメコン川支流にて、大型水力発電所「ナムニアップ1水力発電所」が商業運転を開始しました。
もともと水資源が豊富なラオスは、水力発電に適した国。タイ、ベトナムなど隣国へ電力を輸出しています。
完成した「ナムニアップ1水力発電所」の主ダムは、高さ167m、幅530mという巨大さ!日本の電力会社にとって海外でこれほど大規模の水力発電所を自主開発し、とてつもない巨大ダムを建設することは初めての挑戦でした。
ラオスでの壮大なこのプロジェクトは、工事規模・発電規模から「第2のくろよん」と呼ばれています。実は、日本が誇る黒部ダム建設で培った経験と高い技術の粋を集めたプロジェクトだったのです。
「くろよん」は日本の土木工事史に残る壮大なプロジェクト
「くろよん」とは富山県にある黒部ダムと、その10km下流にある黒部川第四発電所との総称です。黒部ダムは、迫力満点の観光放水をはじめ、3,000m級の山々が連なる北アルプスの大パノラマが堪能できる有名な観光スポットとして、訪れた多くの人々を魅了しています。
くろよん建設は、戦後、日本の急速な経済復興に伴い、関西の深刻な電力不足を解消すべく計画されました。しかし、完成に至るまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
苦難の末、くろよんが完成したのは1963年のこと。立ち向かった人々の物語は、小説や映画でも知ることができます。
下記サイトでも、当時の貴重な映像記録を動画配信しています。
自然と向き合う壮大な工事。
ラオス、タイと日本が協力して取り組んだプロジェクト
くろよんの完成から43年後の2006年、これまでに培った水力発電建設の高度な技術力やノウハウをもとに、ラオスの地の利を活かした「第2のくろよん」のプロジェクトが始まりました。
このプロジェクトの軸となったのは、関西電力のほか、土木工事が大林組、水車発電機は日立三菱水力、ダムのゲートや鉄管等の鋼構造物はIHIインフラシステムと日本勢が占め、政府や現地企業の協力のもと、各社の経験や技術を結集した施工が行われました。
ナムニアップ1水力発電所の建設現場までは、ラオスの首都ビエンチャンからメコン川沿いを東に145km下り、さらに支流のナムニアップ川沿いをさかのぼること40km。周囲は、昔ながらのアジアの村々が点在するのどかな地域です。
くろよん建設と同じくダム本体以外にも、アクセス道路、ダム建設に伴い川の水を迂回させるためのトンネル、発電所、原石山などすべてを整えねばならない壮大なスケール。そのうえ、調査段階には分からなかった地質上の課題などが見つかり、大変な工事となりました。
地質上の課題に対してダムが安定性を保てるか確認するために、CTスキャンなど最新技術や、専門技術者によるバックアップ体制を整え、課題の解決に努めました。具体的にはダムの基礎岩盤を改めて調査し、専門家の意見を聞きながら丁寧に検討した結果、地質上の課題を解決しただけでなく、当初設計していたダムの安定性を損なうことなく工事を進めることができたのです。
水かけ祭りで交流も。
社会・環境整備にも心を込めて
加えて、ダムによって水没する村々、約3,500人の住民の方に移転をお願いすることも、事業を成立させるために不可欠な取組みでした。
特に、移転いただく住民の多くを占める少数民族のモン族とは何度も話し合い、不安解消に尽力しました。
たとえば、移転先での新たな生活がイメージしやすいよう、試験農場を用意し、米作りの実証試験や農業関係のトレーニングを行うなど、住民の不安を一つ一つ解消。村の伝統である「水かけ祭り」で全身ずぶ濡れになるまで水をかけあって楽しむなど、電力事業の枠を超えて、心を通わせる交流も重ねました。ラオス政府の多大な支援と、ナムニアップ1パワー社で住民移転を担当する100名超のラオス人社員のおかげで全住民の移転が完了。実に約10年もの歳月をかけた取組みとなりました。
移転村の「プーホムサイ」には、住居に加え、学校、病院、公民館、道路等のインフラを整備。灌漑(かんがい)設備の整った水田や畑地、牧草地も開発しました。新たな目標は移転後10年で収入を倍増すること。現在、生計改善プログラムによる支援を継続しながら、Win-Winのモデルケースの実現を目指しています。
日本の技術は、地球のために。
未来に向けた再生可能エネルギー開発
北アルプスの大自然に抱かれる黒部ダム。
メコン川支流に築かれたナムニアップ1ダム。
どちらも雄大な自然の中にダムを作り上げた技術と経験、そして携わるすべての人の熱い想いを受け継いだ壮大なプロジェクトといえるでしょう。
水力発電は、発電時にCO2を出さないゼロカーボンエネルギーとして、地球に優しく持続可能な電源。
パソコンやスマートフォン、部屋の灯り、エアコンなど、常に電気を使い続けている私たちにとっても、今の便利さを保ちつつ、これからも緑溢れる地球で生きていくために大切なものなのです。
だからこそ、遠く離れた国の水力発電も私たちの暮らしと無縁ではありません。
日本だけでなく、地球全体で環境負荷を減らし、この地で共存することこそゼロカーボンの実現に必要なエッセンスです。
ナムニアップ1ダムの成功は、日本の水力発電の開発・維持の技術が世界に通用することが実証されたことを意味します。そのことで、海外はもちろん、国内におけるこれからの水力発電の維持・発展のきっかけとなる明るい出来事であったといえるでしょう。